アルツハイマー病と糖鎖の続きです。
アルツハイマー病と正常プリオン
アルツハイマー病は正常プリオンにより発症が抑えられると考えられております。
現在、狂牛病で知られる牛海綿状脳症(BSE)の原因は異常プリオンと考えられていますが、実は正常プリオンと異常プリオンは253個のアミノ酸配列には違いはなく、大きな違いは正常プリオンはらせん状のαヘリックスと呼ばれる構造が多く、異常プリオンは平面状のβシートと呼ばれる構造が多いところにあります。
異常プリオンが1個でも体内に取り込まれると、動物の脳や脊髄に分布する正常プリオンの構造がαヘリックスからβシートへ、異常プリオンへと変化すると説明されています。
正常プリオンは神経細胞の膜上に付着していますので、神経細胞の発育と機能維持に何らかの働きがあると考えられていましたが、正常プリオンがアルツハイマー病やその他の神経変性疾患の発症を抑えている可能性があるとの論文が「米国アカデミー紀要」(2007年)に発表されました(英国リード大学のニーゲル・フーバー教授グループ)。
アルツハイマー病はアミロイド-βという小型のタンパク質が脳内に蓄積する事で発症します。そして、アミロイド-βはβ-セレクターゼ(酵素)によって、アミロイド前駆体タンパク質(APP)が切断される事によって発現します。
同グループは正常プリオンをより多く作るノックアウトマウスで、β-セレクターゼの働きが阻害されてアミロイド-βの発現を食い止められる事を発見しました。同時に、正常プリオンを作れなくしたノックアウトマウスで、脳内にアミロイド-βが明らかに蓄積される事も発見しました。従って、将来β-セレクターゼの働きを抑制する薬が開発されれば、アルツハイマー病の治療薬になるとの期待がもたれています。
アルツハイマー症と糖鎖
アルツハイマー症で蓄積されたアミロイドベーター(Aβ)は神経細胞や血管壁を障害しますが、Aβの誘導やその蓄積に糖鎖が重要な役割を果たしています。
名古屋大学医学部の古川鋼一教授らの研究グループは、生物の細胞膜表面に存在する化合物の「糖鎖」が欠損すると、本来、自分の体を防御する役割の免疫システムが、健康な細胞を攻撃し、脳細胞が攻撃されるとアルツハイマー病のような症状を引き起こすことを突き止めました(2009年12月7日米国科学アカデミー紀要の電子版:読売新聞記事)。
糖鎖はその名の通り、複数の単糖が結合して鎖状になった化合物で、細胞膜表面にあるタンパク質や脂質と結合し脳神経系の働きを維持したり、損傷すると修復したりする役割を果たしています。
同研究グループは糖鎖の変化と脳神経の変性の関係に注目して、遺伝子を操作することで、特定の糖鎖が欠損したマウスを作りました。
すると、通常は細菌やウイルスなどの病原体を攻撃・排除している免疫システムが、異常に活性化して、脳細胞を攻撃していることが判りました。そして、脳細胞はその攻撃によって炎症を起こし徐々に死滅し脳神経の変性を引き起こしました。
脳神経の変性はアルツハイマー病やパーキンソン病などの原因になっていますので、古川教授は「糖鎖が調整できれば、アルツハイマー病などの神経疾患の治療につながる可能性がある」と話されています。生命に大きく係わる免疫システムは正常な糖鎖によって維持されているという事です。
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