発達障害と糖鎖(発達障害とは/自閉症とは/アスペルガー症候群とは)、
発達障害と糖鎖(学習障害とは/注意欠陥多動性障害とは)の続きです。
脳を守る糖鎖
身体の細胞表面の糖鎖は組織によってその性質は異なっています。脳の細胞では他の組織ではみられない糖鎖が2種類あることは知られています。1つはポリシアル酸でNCAM(神経細胞接着分子)に特異的に発現する糖鎖です。もう1つはHNK-1糖鎖で、免疫グロブリンスーパーファミリー分子群に共通の糖鎖で神経回路形成時に特に発現します。
- ポリシアル酸(N-アセチルノイラミン酸の重合体)
脳神経の発達段階で特異的に発現調整されていることから、ポリシアル酸はNCAM同士のみならず、他の接着分子の結合を特定の場所や時期に特異的・総合的に調整することで、神経細胞の移動、軸索誘導、神経繊維の束ね、シナプス形成を正常に保持することに深く関わっていると考えられています。またマウスの実験で、嗅球の大きさ、海馬でのLTP(長期増強)、空間認識能力などにも関係することが判明しています。 - HNK-1糖鎖
この糖鎖の生合成はグルクロン酸転移酵素と硫酸基転移酵素の2つの酵素で行われます。そこでこれら2つの酵素遺伝子を欠損したマウスを作製して、この糖鎖の働きを調べたところ、次の事実が判明しています。つまり、HNK-1糖鎖が欠損したマウスではLTPが約半分に減少し、可塑性が低下していることが判りました。この実験により、脳神経系に特異的な糖鎖しかも糖鎖の端に結合する1つの単糖が脳の高次機能である学習や記憶で重要な働きをしていることが示されています。
神経回路形成における糖鎖(コンドロイチン硫酸)
神経細胞は軸索を他の神経細胞に伸ばしてシナプスを形成しますが、標的となる細胞は遠くに離れていることが多いので、しかるべく道筋に沿って軸索を伸ばさない限り、相手を見つけることはできません。そこで、神経細胞は軸索を伸ばす道筋と標的細胞を認識するために何か目印となる分子を利用していると考えられますが、最近、糖鎖がその目印の役割を果たしている可能性が高いと考えられるようになっています。
特にコンドロイチン硫酸(プロテオグリカンの一種)は構造多様性が極めて高いために、目印としてふさわしいと考えられています。コンドロイチン硫酸の基本構造は、グルクロン酸とN-アセチルガラトサミンの2糖単位が多く反復結合した単純な物質ですが、この基本構造の所々で硫酸化やエピ化があり、結果として大変多様性に富む分子となっています。
神経回路の形成が盛んな時期の神経組織にコンドロイチナーゼABC(コンドロイチン硫酸分解酵素)を注入すると軸索伸長のパターンが大きく乱れますので、神経細胞がコンドロイチン硫酸を目印として軸索の道筋を決定していることが判ります。
一方、脳や脊髄の損傷によって神経回路がやられると、軸索の再生能力が低下し、失われた神経機能はなかなか回復しません。しかし、ラットを用いた実験によると、損傷した箇所にコンドロイチナーゼABCを投与すると軸索再生と神経機能の回復が促進しました。これは、脳や脊髄に損傷があるとその周辺に大量のコンドロイチン硫酸が作られ軸索伸長を阻害する領域が発生しますがコンドロイチナーゼABCでコンドロイチン硫酸を除去すると損傷によって切断された軸索が再生し伸長できるようになり神経回路が再構築されることの証となっています。